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マリブ鈴木

落とし物

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公開日: 2017/09/20

日本では落とし物が届く、こんなことは私の国ではありえない。なんて素晴らしい国だ。

訳された字幕ではそう言って、テレビで外国人が喜んでいた。

そう言われてる肝心の日本は、届けられていないのか見つかっていないのか、何十年も自尊心みたいなものをなくしている気もするが、気づかなければ元々なかったもののように思うのだろうか。

 

寝起きだってのに2日ほど起きてるくらいの気だるいまばたきをしながら、僕はいつ好感度みたいなものをなくしたんだろうと、ハナクソを捻出する要領で海馬をほじくってみる。

人生は他人と比べるもんじゃないと呪文のように言い聞かせて生きてきたが、呪いのように平等を唱える昨今の教育では勉強することのできないことを日常は教えてくれる。

 

「ちょっと、よくわからない女子高生が2人、ウチに入ってくるんですよね。なんかするわけにも行かないし怖いんすよ」

 

ディカプリオというあだ名の友人はかつて、深刻そうな顔でぼやいていた。

女が足りなくなってきたらピンサロに行って、耳元でアドレスをささやけばいいと言っていた友人のセリフがハナクソのように海馬から出てきたところで気づく。

 

僕は好感度みたいなものをそもそも、もっていなかったと。そして、友人は捨てても、捨てても届けられるんだろう。

 

「おれ、おじいちゃんになってもパズドラやるんでゴルフみたいな趣味って考えたら安いもんっすよ」

 

そういって数十万の課金をぶっこんでいたディカプリオのむこうぶちな生き方をみて、悩むところがおかしい人というより、地球は太陽じゃなくてコイツを中心に回ってるんじゃないかと思ったことを思い出す。

 

人生が1回転のジャグラーだとするなら、ディカプは先ペカリだろう。例えば魂が地球に降りてきて、お腹にいる赤子に宿るものだとして、僕は着地に失敗しなければ同い年で同じ出身地の俳優・松坂桃李に宿れていたのか、そんなことを考えながら第3ボタンを離せないでいる、永遠にねじり続けている。いや、ボタンを離さなければ、大丈夫。

 

指を離したらペカるかも、なんて野暮な希望を抱いて過ごすわけじゃない。

 

なくしものは気づかなければ元々なかったものになるかもしれないが、あった気になればなくしていないものを拾えるかもしれない。人生の閉店まで第3ボタンを離さない気持ちで、僕はずっと探している。ペカっている台の人を。

 

あぁ、逆玉結婚して毎日ボートレースして、勝った日は寿司食って、負けた日は嫁に金をもらって、でも俺には夢があるんだ、そんなアナタがステキなんて言い合いながら夏は軽井沢と沖縄の別荘を交互に、冬は「ハワイも飽きたなぁ」と言うためだけにハワイに行って過ごし、よくわからない高い絵を「オツだねぇ」と言うためだけに買って、どっかで特集されていたオーケストラを「これぞ文化!」と言うためだけに聴きに行き、自慢するためだけにワインを集めて、最終的には幸せはお金じゃ買えないとか言って大往生したい。

 

僕はいつ、自尊心みたいなものをなくしてしまったのか。元々もっていなかったのだろうか。

寝起きだってのに2日ほど起きてるくらいの気だるいまばたきをしてから、ゆっくりと目を閉じた。

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