ひとつの区切り
記事一覧へ公開日: 2020/07/30
あれはたしか、編集部からの帰り道だったと思う。塾長おじさんと神保町あたりの書店に入り、二人でまったく同じ、新聞社が出している記者ハンドブックを購入した。正しい日本語とはなんなのか。漢字と平仮名どちらを使うべきか。送り仮名のつけ方とは。ページをぱらぱらとめくりながら、これからの人生に思いを巡らせた。ガイドに入って間もない、21歳のころの話。思えばこれが、僕のパチスロライターとしての始まりだった。
ライターになりたかったわけではない。そもそもライターなどという職業があることすら知らなかった愛媛の田舎者は、ただガイドスタッフになりたくて、雑誌のなかにいるあの人たちの仲間に入りたい一心でパチスロ必勝ガイドの門を叩き、そこではじめて、ガイドスタッフとはパチスロライターなのだと知らされた。
なんでライターが文章なんて書かなきゃいけないんですか。そんな禅問答のような編集者とのやり取りから、気がつけば18年と8ヶ月。本日この日をもって、ライター人生に区切りをつけようと思う。
振り返れば、楽しい日々だった。仕事なんてこれっぽっちもしたくない僕の、「遊んでいるだけで周りが仕事だと思ってくれる」を絵に描いたような18年と8ヶ月だったが、40歳を前にして考えたときに、いま僕がやりたいことは自身がオモテに出ることではなく、裏方として誰かを支えることだと思った。
僕が先頭に立って旗を振ってきたセブンスピリットも、いまや子どもたちの頑張りそのものにスポットが当るようになっている。だったら、僕は彼らが輝くステージをつくる側に専念したい。そんなことを漠然と考えながらもきっかけを見つけられずにいた先月末、セブでもっとも仲の良かった先輩が、急に亡くなった。
まあ、人はいつか死ぬものだし、それは仕方ないのだけど、その先輩がセブで15年やっていた現地旅行会社を、後継者がいないからという理由で潰すと聞いて、思わず言葉が出た。潰すくらいなら僕が継ぐので譲ってください、と。
このご時世に旅行会社を引き継ぐなんて、田中は先輩思いの良いやつだ。彼の生きた証を残してくれてありがとう。周りは口々に感謝の言葉を伝えてくれた。もちろんそういった思いもあるにはあるが、現実はそんな美談ではない。僕は先輩の死を、僕がこれまで言い訳にしてきたものすべてのきっかけにした。
日本をベースにするべきかセブに住むべきか。パチスロを打たないのにパチスロ媒体で文章を書いていいのか。セブンスピリットにおける僕の役割。お金を稼ぐということ。人間関係。そういったものすべてを先輩の死にのせて、これは運命なんだと自分自身で結論づけた。
元来、僕はだらしのない人間だ。自分のために頑張るというモチベーションがないので、生きていくためには「誰かのために」をモチベーションにするしかない。誤解を恐れずにいうと、それが僕にとってのセブンスピリットであり旅行会社だ。これからも僕は自分自身のために、「誰かのため」の活動を続けていく。
まあ、パチスロライターに区切りをつけるとはいえ、田中の名前が出ないガイドの原稿はひとつ残っていたりするし、オモテ舞台から存在が消えるだけ。いまはSNSがあるわけで皆さんとのつながりも続いていくし、もちろん、書きたければブログなどでセブンスピリットのこと僕自身のこと、いくらでも発信することができる。業界と縁を切るわけでもないし、先輩、後輩との個人的な関係性だってそのままだ。なにが変わるって、ほとんどなにも変わらないのだけど、そういったこともすべてひっくるめたうえで、ここでひとつ、区切りをつけようと思う。
人生は思い出づくり。これは僕のモットーだが、この18年8ヶ月でたくさんの思い出をつくることができて、感謝している。本当にありがとうございました。
それでは、次の思い出をつくりにいってきます。
田中宏明
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