
公開日: 2019/10/05
12時過ぎに成田空港へ着いて、早めのチェックインでもしたあとは出国前のお楽しみ。とんかつか、ラーメンか、はたまたお寿司かと、最後の晩餐よろしくゆっくりと食事でもしようと思っていたのに、フィリピン航空チェックインカウンターのグランドスタッフは、かたくなに頭を横に振る。
お客様、往路にお乗りになられていませんよね。往路に乗られなかった場合、自動的に復路のフライトもキャンセル扱いとなってしまいまして。こちらのチェックインをお受けすることができないのです……。
たしかに、往復で予約していた往路便にはワケあって乗らなかった。午前の往路便に乗れなかったから、それとは別に午後のセブ→成田、片道切符を購入し、それで日本に戻ってきた。
セブの空港で、僕は空港スタッフにこう言った。午前便に乗れなくて午後のチケットを購入したから、ちゃんとやっといてね、と。
僕のちゃんとやっといては、この、あらたに購入した片道の午後便を復路便に紐づけて、ちゃんと復路便にも乗れるようにしておいてねと、そういうニュアンスを含んでいたのだけど、グッと親指をつきだして、得意そうな顔で任せとけと言ったあのフィリピン人スタッフのちゃんとは、僕のちゃんとと相違があったようだ。
※こんな感じで自信まんまんだったんだけどなあ……
なあ、母さん。あれないか? ああ、体温計なら二段目の引き出しに入ってますよ。
なあ、母さん。あれ買っといてくれ。ああ、納豆なら昨日、買ってありますよ。
熟年夫婦のごとき阿吽のコミュニケーションを信じた、僕がバカだった。
1時間半後に出発します、14時40分発。PR433便の航空券をいま購入されますと、8万円になります。
やっとのことで口説き落としたお姉ちゃんとのバカンスに飛ぶのなら、痛いけれど8万円払おうじゃないか。だけども、ただ家に帰るために8万円を払うのなんてバカげている。8万稼ぐのに、いったいRe:ゼロの設定4を何度打たなきゃいけないのか。8万稼ぐのに、いったいどれほどの文字を書かなきゃいけないのか。だったらオレは、どこか別の国に飛ぶ。
電光掲示板に表示されたフライトスケジュールを確認すると、4時間後にタヒチ行きのフライトがあった。航空会社はエア・タヒチ・ヌイ。ヌイとはポリネシアの言葉で「偉大な」という意味のようで、僕はこの、偉大なタヒチの航空会社に身を預け、フランス領ポリネシアに飛ぶことにした。画家のポール・ゴーギャンが愛したタヒチ。そういえば昔、森口博子が「恋はタヒチでアレアレア」というふざけた歌を歌っていたが、なるほど、アレアレアというのはポリネシアの言葉で「喜び」や「楽しさ」を意味する言葉だったのか。
すべてを投げ出しタヒチへ行こう。調べれば調べるほど魅力があふれ出てくる、夢の楽園、タヒチ。僕はタヒチに移り住み、そこで出会った魅惑のタヒチアンとアレアレアな生活を送るんだ……。
※ゴーギャンが描いたアレアレアな生活
そんなことを考えながら、気がついたら空港のベンチで3時間も眠っていた。眠る前にいたすべての人はすでに出国をすませ、また、夜の便で旅立つ新しい旅行客があふれている。
安い飛行機に乗って、マニラ経由でセブに戻ろう。チェックインカウンターは、まだ、オープンすらしていないのだけど。
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