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パチンコ・パチスロブログ

元クズ田中

もしも

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公開日: 2020/04/30

縁あって資金2億円でパチンコ屋をつくってくれないかと頼まれ、セブから一時帰国。静岡に住みながらオープンに向けて動いていたのが2016年のこと。予定では2017年の年初にオープンするはずだったのだが、かつてパチスロ必勝ガイドの連載にも書いたように、着工にとりかかる直前の会議で副社長が猛反対し、話は流れてしまうことになった(要は社長が誰にも相談せず独断で進めてきたが、社内の最終決定の会議ではじめて話をオープンにし、それに副社長が猛反対した)。

 

たしか予定では150台規模のスロ専からはじめようと、そんな計画だったはずだが、もし副社長が反対をせず、そのまま開店していたらどうなっていただろうかと考える。

 

 

※オープン予定だったスロ屋のモニター室

 

 

フィリピンでがっちりNPO活動をするのではなく、静岡でパチンコ屋をやりながらお金を稼ぎ、そのお金を自分の団体に寄付する、というスタイルになっていたと思うし、ライターではなくホール店長として、来店イベントなどでライターの方とかかわっていたのだろうと思うが、目と鼻の先に大型チェーン店がある、たかだか150台のスロ専。新台入れ替えの費用にひーひー言いながら、細々と運営をしていたに違いない。

 

そんな折に新型コロナでの自粛要請があったなら、僕はどうしていただろうか。心情的には閉めたい。買い取ったパチンコ屋は天井の低い、古いビルだから換気に不安がある。感染があったならお客さんにも業界にも迷惑をかける。だけども金を出した社長がやれと言ったなら、休めるだろうか。自転車操業のなか、潰れるのをわかったうえで休業に踏み切れるだろうか……。

 

 

※オープン予定だったスロ屋のフロア(改装前)

 

 

まあ、実際にはこのパチンコ屋の入っているビルごと買い取ってしまったので、休業中は家賃が発生しないだろうし(一応、母体の会社に月200万円の賃料を入れる決まりだったけど、状況が状況だけに免除してくれただろう)、親会社にはそれなりにお金があるからすぐには潰れなかったとは思う。だけど、そういった背景がなければ、どうなっていたか。

 

冷静に考えて、たぶん僕は、もし社長がどうしても店を開けろというなら、パチンコ屋を辞めただろう。どうせ気楽なひとりものだし、自分だけならどこででも暮らしていける。そう考えたと思うが、もし僕に家族がいたなら、その決断ができただろうか。実際に従業員を雇い、その人たちの生活を考えたときに、自分ひとりだけ辞めて逃げる選択ができただろうか。

 

それでもいまはパチンコ屋を開けるべきときではないし、たとえ開いていても行くべきではないと僕は思う。思うが、せめて脊髄反射的に批判をするのではなく、自分がその立場に置かれたならどう考えるか。そんな想像をめぐらせてから自分の意見を言いたいなと、そんなことを考える昼下がりです。ええ、ええ。もうご存知でしょうが、今日もしっかり暇を持て余しています。

 

 

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