パチスロを覚えたての頃はとにかくお金がなく、勝たなければ家賃どころか明日のメシ代すらままならないといった状況は日常茶飯事でした。
それでも、パチスロを打ち続けたのはお金が欲しかったから。一見、矛盾しているように思えるこの行動ですが、服にスニーカーにデート代と、収入はないのにとにかく様々なモノにお金がかかっていた10代の頃、手取り12〜3万のバイト代からそれらを捻出するためにはお金を増やすしかなく、増やす術といえばパチスロしかなかったのです。
勝ったり負けたりを繰り返し、最終的にお金が増えていたのかは謎ですが、こうやって今、生きながらえているということは要所要所で結果を残せてきたのでしょう。親や友人、あるいは消費者金融などの世話になることはなく、金欠時代を乗り切ることができました。
この頃から僕は、じゃあカネに余裕ができたらパチスロを打ちたいと思わないようになるのかなと漠然と考えるようになったのですが、歳を重ねてロッテの若手よりは稼いでいる今でも、3万勝ったら小躍りするし、5万負けたら家で寝てりゃよかったとフテくされるしで、パチスロへの熱量は失われていません。一体、その「余裕」はいくら稼げば生まれるのでしょうか。
先日、沖ドキを打っていた時のこと。
小刻みに当たりつつ割と早い段階で天国に上がる、けどなかなか大連チャンには繋がらないといった偶数且つ高設定挙動の隣が空いたかと思ったら、すかさず恰幅の良い男性が座ってきました。
その男性、年の頃は60くらいでしょうか。色メガネに金のロレックス、パリッとしたシャツに大きなダイヤが付いた指輪と、どうみてもカタギの人には見えません。
けれど、見た目が怖くても優しい人はたくさんいる。そう自分に言い聞かせつつ、なるべく隣を見ないようにして打っていたのですが、その男性、あろうことか半身で打つもんですから、常に見られている感覚になってしまいます。
その感覚に耐えきれず、チラと横目で視線を投げると、瞬間、バッチリと目が合いまして、無視するのも失礼かなと軽く会釈をしましたらば、それが引き金となったのかおじさんのマシンガントークが始まりました。
「兄ちゃん、俺はね、勝ち負けなんかはどうでもいいんだよ。億の貯金があるからね。ただ、コレ(ハイビスカス)が光るのが気持ちいいから打ってるんだ。それさえ見れりゃ負けてもいいんだよ。億の貯金があるからね」
2回言いましたね、なんて軽口を叩ける余裕なんぞ当然なく、驚いた感じでそうなんですかと、億はヤバいですねと返したところ、気分が良くなったのか、おじさんヒートアップ。
「会社は息子たちに任せて、俺は会長みたいなもんよ。時間もあるしカネもある。何かあった時だけ俺が出ていけばそれでいい。なんだったら、この沖ドキだって連チャン中に人に譲ることなんてしょっちゅうだよ」
じゃあ早いとこ連チャンさせて譲って下さいよと、喉まで出かかった言葉をグッと飲み込み、そんな人本当にいるんですね、ロレックスをつけた足長おじさんがいるんですねと、先ほどよりも少し軽口をまぜて返事をしたところで、ちょうどおじさんの台が当たりました。
さぁ当たったぞ。本当に譲るところを見せて下さいよ。
心の中でそう呟いておじさんの台を見守っていると、ビッグ後、ものの数ゲームでまたチカリ。どうやら一発で天国に上がったようです。
その後、順調に連チャンを重ね、獲得枚数は1000枚を超えた頃でしょうか。おじさんが半身のままで「次当たったら知り合いにやるわ」と言い出したのです。
嘘だろ。マジかよ。本当にそんな人いるのかよ。
おじさんの言葉だけでは半信半疑だった僕ですが、実際にその場面に出くわしてしまったならば、もう信じるほかありません。こんな経験なかなかできないぞと、固唾を飲んで32Gを見守ることにしました。
すると……
8Gで光ってビッグ。
その瞬間、おじさんはおもむろにドル箱を取り出し下皿のコインを全て入れ、席を立ち、本当に知り合いを連れてきたのです。
知り合いも一度は断る素ぶりを見せたようでしたが、次の瞬間、嬉々として着席。そりゃあそうでしょう。僕だってこういう仕事をしておらず、逆の立場であれば遠慮なくもらいます。
ただ。ただですね。
おじさん、8Gで当たった瞬間、したんですよ。かすかに。舌打ちを。
恐らくですけれども、もしかしたらおじさん、言った手前引くに引けなくなっただけで、本当は譲りたくなかったんじゃないのかなぁ…って。
であるならば、おじさんはまだまだ熱量を失っていない証拠。どうやら億の貯金があっても、その余裕とやらは生まれないようです。