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元クズ田中

赤ら顔の男

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公開日: 2016/11/10

バカやろう、まだ始まっちゃいねえよ。

 

2つ隣の席でコップ酒を煽っていた赤ら顔の男が、誰に言うでもなく、聞こえるか聞こえないかの大きさで、そうつぶやいた。どこかの映画で聞いたことのあるその言葉が、酒場の喧騒をすり抜けるかのように、僕の耳にすっと入ってきた。

 

たとえ5万円勝ったとしても生活なんてちっとも豊かにならないくせに、5万円負けたらそれだけであっという間に家計は火の車。4年間のフィリピン生活を経て金銭感覚と収入がすっかり平均以下になった身としては、勝つも負けるも半々、事故待ちの勝負なんてできるはずもなく、ここは手堅く置きにいくようにとクランキーセレブレーションを選択したはずなのに、のっけから14000円突っ込んでバー。飲まれて6000円追って、バー。そこから2時間揉んだ挙句に結局は全飲まれする展開を経て、もうなにもかも終わったとうなだれながら入った飲み屋で、赤ら顔の男はまだ始まっちゃいないと、たしかにそう言った。

 

時刻は21時。朝番のシフトならそろそろ寝る準備を始めようかという折に、それでもまだ始まっていないこの男の正体は夜勤の警備員なのか、それとも……。

 

諦めたらそこで試合終了ですよ。彼はそうやってネバーギブアップの精神を僕に教えにきた赤ら顔の神ではなかろうか。それじゃあいったい神様、僕はこれからどうやって今日という日を始めればいいんだい。ねえ、教えておくれよ。

 

そんな祈りを送っていたら、赤ら顔の神は突然、小汚いカバンからその風貌に似つかしくないタブレット端末を取り出し、おもむろにポチポチやりはじめた。そして、黙ったまま自分に言い聞かせるように一度ゆっくりと頷いて、タブレットの画面を凝視した。いったいなにをやっているんだろう。そう思って画面をこっそり覗きこんでみた。ミッドナイト競輪だった。

 

24時間営業のカジノを持たない日本国民にとって、21時過ぎから23時半前まで開催されるミッドナイト競輪は最後の砦。ギャンブラーにおける蜘蛛の糸のようなものだが、赤ら顔がつかんだその糸はどうなったのか。彼がなにに賭けたのかは定かでないが、レースが始まり、力いっぱいコップを握りしめ、そして赤らんでいた顔から血の気の引いた様を見て、すべてを悟った。

 

さっきまで始まってすらなかった赤ら顔の今日は、5分前にようやく始まり、そしていま、儚く終わりを迎えた。彼に比べれば、2万円で3時間遊べた僕の今日は有意義だったじゃないか。そう考えると、やつの存在こそが実は僕にとっての蜘蛛の糸であり、やっぱり彼は赤ら顔の神だったんじゃないかと、そう思ったわけだが、店の大将いわく、彼は週に3回来てはコップ酒1杯で長時間居座る、疫病神のような男だそうである。

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