洗脳禁煙から得たもの
記事一覧へ公開日: 2018/02/09
前回のコラムで軽く、僕は以前にパチンコ依存症だったと書いた。タバコがヤメられないニコチン依存症だったとも書いた。パチンコ依存に関してはフィリピンに移り住んだことで物理的にパチンコを打てない環境になり、いつの間にか治っていたというのが正直なところだが、タバコに関しては自らの意志でヤメた。
あれはたしか西日暮里かどこかの居酒屋でのことだったと思うが、当時、30日間、1日ごとにタバコのフィルターにつけるパイプをかえていき、1ヶ月後にきっちり禁煙ができるという離縁パイプのようなものがあった。それを使っていた、とあるおじさん……仮にJとしようか。そのJというおじさんが使っていたのだけど、そのJさんは1ヶ月間それを使用したにもかかわらず、最終的に禁煙手前の最終日に使用する、いわゆる30日目のパイプばかりを大量に買い、30日目をずっと引き延ばしていた。
ちょっと酔っていたこともあって、僕はJさんに、あくまでやんわりと、それはダセーんじゃないかと、ヤメたいなら男らしくきっぱりヤメればいいのにと言ったら、そのJさんも緑茶ハイで酔っていたと思う。「お前だって吸ってんじゃねーか、コラっ‼」と怒られた。Jさんは先輩なのでその言葉にイラッとすることはもちろんなかったのだけど、酒の酔いも手伝って、「僕、いまこの瞬間にタバコなんてヤメられますよ」と宣言し、その日から約9年、僕の禁煙は現在進行形で続いている(最近は泥酔したときに1本とかは吸うけど)。
※フィリピンのタバコ。1箱100円もしません。
僕は世の中のほとんどのことはどうだっていいことだと思っているし関心もないが、自分で決めたことに関しては頑固だ。そこからはまず、我慢の禁煙が始まった。書き仕事をしながら、ふとした拍子にいつもタバコを置いてあった場所に手を伸ばし、空振りをする。僕はお菓子の類はそれまでまったく食べなかったのだけど、口寂しさからチョコやスナック菓子を食べるようになって、太る。そこで、脳をダマすことにした。オレはタバコがキライなんだ。オレはタバコがキライなんだ。そうやって碇シンジ君のように思い込むことで脳を洗脳していくと、タバコそのものやニオイが本当にキライになってきた(そのせいでその後、パチンコ屋のタバコのニオイにまで嫌悪感を抱くようになってしまうのだけど)。そうやって精神的な依存を克服したが、敵もなかなかのものだ。今度は肉体的な依存で攻めてくる。具体的には、毎日、頭が痛くて仕方なくなった。
人間、歯が痛いのとお腹、頭が痛いのは本当に苦しい。吸ってラクになるのなら……という気持ちが顔を出すが、僕はそれをひっくるめて楽しむことにした。今日は頭が痛くなったけど、明日は敵は、どんな離脱症状で僕を誘惑してくるのだろう。そう考えると、新しい症状が出るたびに「なるほど、そうきたか‼」と思えたし、タバコを吸う夢を見せてきたときには夢まで操るかと嬉しくなった。このまま5年続けるとなにか新しい症状が出るのかな? 10年後は? 15年後は? 僕は新しい症状が出ないか楽しみで、禁煙を続けているという側面もあるのかもしれない。
もちろん、依存症はとても深い理解が必要な医学的な問題でもあるのでこれは僕個人の例でしかないが、僕自身、だいたいのことは、脳の洗脳と好奇心でどうにだってしてきた。いまの厳しい状況も、別の角度から見てみたら面白いじゃないかと思えることがわかったのだけど、ひとつだけ、どうしても反射的にタバコを吸いたいと強く思う瞬間がある。それは、食事のあとでもうんこ中でも女を抱いたあとでもなく、海物語でタコとカニのWリーチがかかり、魚群が走った瞬間だ。このときばかりはなぜか、強烈にタバコが吸いたくなる。やはり、脳というのは優秀で、ここぞというタイミングでいまだに僕を誘惑してくるのだ。
まあ、結果的にタバコをあのときヤメて良かったと思っているし、思い込みと好奇心で厳しい状況を真逆に反転させられることができることを禁煙を通して知れたので、あのとき30日目のパイプを使用し続けていたJ長さん(いまだにタバコは吸っています)には、やはり感謝していたりする。
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