同居人との攻防
記事一覧へ公開日: 2018/04/19
刑務所の独房に長くいると孤独すぎて、部屋をふらふらとさまよう虫にも愛着がわくようになる(人もいる)というが、独り暮らし歴15年の僕にとって、虫はもはや同居人だ。
特にフィリピンの住居は日本に比べて虫が多い。うちにはいま、スーパーで買った葉物の野菜に紛れてやってきたであろうコバエが数匹いて、明るくなってくると僕の顔にピトっと止まって朝を告げてくれるし、ゴミを入れているビニール袋を目当てに、毎日せっせとアリが通ってくる。
友人の話を聞くと、寝ている間にGに足を思いっきり噛まれた(かなり痛いらしい)という話を聞いたりもするが、そういった実害がない限りは気にする必要なし。僕が狙っているのは冷蔵庫の中の食品で、彼らが狙っているのは袋の中の残飯。狙い台がカブらない限りは、同じ空間にいる常連どうしであろうと、取り立てて気にすることもないわけだ。
昔、僕が通っていた6枚交換の店に、自分と同じ年くらいのかなり上手なスロ打ちがいた。徒党を組んでリスクを分散するほかの連中とは違って、僕と同じく一匹狼。目押し技術もクセ読みも優れた彼に僕はひそかに一目置いていたのだけど、彼はAT機専門で僕はもっぱらAタイプやストック機を狙っていたこともあって狙い台がカブることはなく、むしろ、彼がその店にいることが、店の状況が悪くないことの証明のような気がして、同志とすら思っていた(数年間、ただの一度も口をきいたことはないけれど)。
いろんな虫が集まってくるのは、それだけこの空間が快適だから。だったら仲たがいせずに共存する道を選んだ方がいいじゃないかと、そう思って手を組んでいたはずだったのに、である。足の速い大きな黒いアリと、足の遅い小さな赤いアリ、二種類いるアリのなかの赤いほうが、僕が翌朝の楽しみに残しておいた、とっておきの、目玉焼きが真ん中に配置されたパンに群がっていたのである。
ふっざけんなよおおおおおおぉぉっ‼ ここ十数年、無意識下で怒ったことなんてなかったが、ついカッとなって、足の遅い小さな赤いアリを敵対勢力と認定。パンをゴミ箱にブン投げ、彼らの食事となる残飯をきれいさっぱり処分し、怒りにまかせて家から完全に追い出したところで我に返った。これじゃあ、やっていることはどこぞの国の独裁者と同じじゃないか……。
自分が気に入らなければ排除する。その対象が虫なだけで、やっていることは武力をタテに我を通す独裁者。こういう人間がいつか戦争を起こすのだろうと深く反省し、足の遅い小さな赤いアリが戻ってこられるように残飯の入ったビニール袋を再び玄関前に置いていたのだけど、翌日に確認してみたら、そのビニール袋の先にある、あとで食べようと思って残していたピザポテトに、足の遅い小さな赤いアリは群がっていた。うんぐぐぐぐぐ…………ゆ、許すっ。
争いはなにも生まないわけで、自宅でもホールでも僕は同じ空間にいる以上は共存を目指したいと思っているが、そういえば僕と同じ年くらいの例の優れたスロ打ちは、いつごろからかAT機だけでなくストックタイプにも攻めてくるようになり、僕は同志だと思っていた彼を、いつからか敵と思うようになっていたんだった。
あいつ、まだスロ打ってるかなあ。
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