メタトロン前夜

田中くん、まだそんなお酒の飲み方なんてしてるの？　ダメだねえ。自分の人生なんだから、もうちょっと考えなきゃダメだよ。

身体を悪くして、ついこの間にお酒をヤメたばかりの方が、酒場で5杯目の水を飲みながらそう言った。

僕よりも10は年上のその方は医者からの強い忠告もあってお酒を辞めざるを得なかったのだけど、ついこの間までは、へべれけになるほど飲んでいた。もちろん、身体を悪くしたからこそわかったこと、後悔したことがあるのだろうが、まだ僕の脳裏にへべれけになったその方の姿が残っているうちにそう言われても、やはりピンとこない。もちろん、酒は控えるにこしたことはない。だけども、まだ数年は大丈夫だろう。そう思ってその日はウイスキーのロックをあおっていたら、寝る段階になって背中の左がしくしくと、泣くように痛み始めた。

数値的にも物理的な症状としても、肝臓と腎臓が要再検査ではなく、要治療のレベルで良くないことは知っている。あと、たまに膀胱の左側がキリキリと痛むことがあるから、ここにもなにかしらの問題があるのだろうとは睨んでいる。ここまでおよそ15年、後先考えずに飲んできたわけで、そりゃなにかしらのガタはきているだろうと、むしろきてなきゃウソだろうと、罪をすべて認めたうえで刑が執行されるのを待つ死刑囚のような心境ではいるのだけど、節制をしたその先に、それ以上の見返りがあるというのなら、一歩先に進む用意はある。

機械割98％のマシンに遣っちゃいけない金を突っ込むほど無謀ではない。勝率約5割のバカラに有り金をフルベットするほど破滅願望があるわけでもない。物事にはリスクとリターンとがあるわけで、インコースと2コースにA1選手、あとはＦ持ちのB1ばかりというガチガチのモーニングレース。配当160円に1万円を賭けるような、とりあえず6000円は拾えるだろうと、そのくらいの感覚で臨めるのならと、しくしく痛む背中をさすりながら、節制を勧めてきた例の方に連絡をしてみたら、まずは身体の状態を検査したほうがいいということで、メタトロン波動検査なるものを勧められた。

メタトロンとは、戦場や宇宙空間など医師がいない極限状況下での人間の健康を管理するためにロシア人物理学者によって開発された医療機器とのこと。ロシア医学の知識がさっぱりないもので、行ったらドクター・ゲロみたいなジイさんが出てきて人造人間にされるんじゃないかという不安はあるし、ネットで｢メタトロン｣というワードを検索しても出てくるのはモンストの新キャラばかりと不安要素ばかりだけど、なんだか面白そうでもあるので、頭にヘッドフォンをかぶるだけで不調の原因と対策がすべてわかるという最新のロシア医療を体験してこようと思います。潜入捜査をして、来週、その模様と診断結果をご報告します。