運命の分かれ道
記事一覧へ公開日: 2019/08/18
大学生が住んでいそうなワンルームマンションに案内され、促されるがままに部屋へ入ると、壁沿いに様々なパチスロが並べられていた。たばこの煙が充満するその部屋では、10代後半から20代前半と思われる6~7人の男たちが、黙々とそれぞれの台と向き合っていた。
この台、次のゲームに当りますよ。
そう言って、ひとりの男が台を指さす。なにを言っているんだろう。そう思いながらもその男の台を見ていたら、3つのリールを停止させたと同時に告知ランプが光った。
こっちの台のリプレイなんて、もっと簡単ですよ。オレ、ホールでリプレイ200G連続で成立させたことありますもん。
そう言って笑う男に周りが、意味ねーことすんなよとツッコむ。いったい、この部屋は、そしてこの男たちはなんなのだろう。
そんな雰囲気を察知してか、リーダー格の男が言う。
ソレノイドです。この部屋つかって練習してんすよ。
ソレノイド。聞いたことがある響きだなあ。
そんな表情を見て、その男は続ける。
よく見てください。レバーに透明の糸が引っかかっているでしょ。この糸をソレノイドで制御することによって、ほら。
カクッ、カクッという低周波治療器のような動きに合わせて規則的に足が動き、足に絡ませている透明の糸が、それに合わせてレバーを押し下げる。
それがなぜボーナスやリプレイを狙い打つことにつながるのかは僕にはわからないが、ひとつだけわかるのは、いつも行く店でたまに見かけていた彼らが、ゴト師だったということだ。
※カイジの沼よろしく、誰もが最初に思いつくのが磁石ゴトだろう。
でも台には磁石センサーがついているので、実践しないように
ゴトだけじゃないですよ。駅前のB店ってわかります? あそこは設定師を抱き込んでるんです。閉店後に店から出てくる社員クラスのあとをつけて、飲み屋でそれとなく近くに座る。仲良くなってキャバクラなんかを奢れば、一発ですよ。でも、毎日のように高設定に座っていると怪しまれるので、適当に間隔を空けてるんですけど……お兄さん、いつも高設定に座ってますよねえ。
B店には高設定投入の法則があったので、設定4、5、6のいずれかを問わないのであれば、つかむこと自体は難しいことではなかった。
へー、やっぱり見るところが違うや。でも、あれでしょ。ひとりだと負けちゃうときもあるし、しんどいでしょ。なにより、いつまでもできる仕事じゃないんだし、みんなで一気に稼いだほうがいいと思わないですか?
でさ、相談なんだけど……。
はいっ、ここでVTRストップ。そして運命の分かれ道‼
行きつけのホール近くにある居酒屋で出会った知らない男たち。話の流れで彼らに連れていかれたワンルームマンションで出た彼らの話に乗る? 乗らない? さあ、どっち⁉
※いわば彼はゴト師株式会社への入社をうながしてきたというわけか……
こういう人生の分岐点って、誰もが大なり小なり越えてきたと思う(上記の話はフィクションですよ、ええ)。それは1980年代にブームとなったゲームブックのようで、一撃で致命的となる選択もあれば、たとえ間違ってものちのち挽回できる選択肢もある。
すべての選択があって、いまにたどり着いている。そう考えると、思うようにことが運ばずイライラが募る今日という日も、なにかしらの意味があるのだろうか。ボンという爆発音と共に町中が停電となり、蒸し風呂のような事務所でいつ終わるかわからぬ復旧を待つこの時間にも、なにか意味があるのだろうか。
あのとき、もうひとつの選択肢を選んでいたら、どうなっていたのだろう。そんなことを考えながら、蒸し風呂のなかでゲームブックをめくり続ける。
ライター・タレントランキング