パラレルワールド
記事一覧へ公開日: 2020/02/15
漫画喫茶という空間が好きで、一時期、泊まり歩いていたことがある。スーツケースをガラガラとひいて個室タイプ、寝転がれるマットの部屋で夜を明かし、朝を迎えるとその足で今度は、日中の長時間パックが手厚い別の店舗のリクライニングシートに体を預ける。その日の気分によって地域も部屋のタイプも使い分ける、漫画喫茶ジゴロのような生活を送っていた。
ドリンクは飲み放題だし、もちろん漫画は読み放題。電話一本で食事まで運ばれてきて、シャワーも浴びれてパソコンにはアダルト動画の無料視聴までついている、まさに至れり尽くせり。人間のすべての欲求を満たすことができる、ディズニー以上の夢の国。それが漫画喫茶だと、もうこの国に永住したいとさえ思っていたのだけど、なかには本当に30日パックという長期滞在向けのプランを用意している店舗もあって、そこに暮らしている人たちがいた。
ただでさえ薄暗い店内の、さらに奥まった場所にあるその一帯はなんだかじめじめしていて、近づくと、たばこやカップラーメン、カビ臭が入り混じったイヤなにおいが漂ってくる。薄い板で四方を仕切られているだけの各部屋、その頭上は少しの光も入れないための布や巨大なパラソルでそれぞれ覆われていて、それはさながら、要塞のようでもあった。
※僕の憧れでもある青空ブルーシートハウスのような、個性あるそれぞれの部屋が印象的だった
誰もが夢の国への入国を許されるわけではなく、その店舗では3席限定で30日パックを受け入れているようで、それはまさにプラチナチケット。米国の永住権であるグリーンカードよりも魅力的な権利を手にしているのは、いったいどんな人たちなんだろう。興味は尽きないわけだが、だからといって布をめくってたずねてみるわけにもいかず、想像は膨らむばかりだった。
仕事はなにをしているのだろう。性別は? 年齢は? 好きなフードメニューのベスト3は? シャワーの空いている時間帯は? 5回以上読んだ漫画は? 3名同士の交流は? 郵便はどうやって受け取っているの? 住民票は? ねえ、ねえ。
どんな起業家や成功者のインタビューよりも聞いてみたい話を想像して、要塞の前を行ったり来たり。少しでも情報を得ようとしていたら、不意に部屋のトビラが開き、中から40代後半と思しき、整髪料でしっかりと毛髪を整えたスーツ姿のナイスミドルがあらわれ、ぺこりと会釈をして、軽やかに店外へと消えていった。
なんだろう、この気持ちは。僕は心のどこかで、汚いかっこうをした、ぼさぼさ頭の若者が出てくることを期待していたのかもしれない。仕事をしていないスロプーが、瞬間的に状況の良くなった駅前のパチンコ屋に通うため30日パックを利用し、昼はぱちんこ、夜は漫画の自堕落な生活を送っているに違いない。勝手にそう思っていたのかもしれない。
漫画喫茶のなかにひっそりと存在するパラレルワールド。もしも今後、僕が日本に住むことがあったなら、あそこに住んでみたい。
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