パチンコ・パチスロ特集

第七回「みらいの輪」~パチンコ店経営者に突撃インタビュー~株式会社三栄

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みらいの輪とは

昔のように勝てない!面白くない!
レジャーの多様化とともにパチンコ・パチスロ離れもめまぐるしい。
とかく、依存問題や子供の放置事件などマイナスのイメージを植え付けられているパチンコ業界。
半世紀以上続き就労人口も20万人超という規模だが、世間の風当たりは強い。
様々な要因で店舗数もどんどん減少しており、逆風の只中にいる。
そんな苦境だらけの時代に突き進むパチンコホール経営者の生きざま、考え方について深堀していく。

更新日: 2023/05/08

Contents

 

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大衆娯楽のパチンコ業界。その文化を未来へ紡ぐため、2020年10月に2つの業界団体が合併し成立したMIRAI(一般社団法人MIRAIパチンコ産業連盟)。

 

 

本企画はそのMIRAIで活躍する各企業のキーマンにフォーカス。パチンコホールの経営者の生い立ちや普段聞けない生の声を独占インタビューする。
 

徳田 智一常務取締役

株式会社三栄

1983年8月14日 39歳 

 

  

 

パチンコ業界の経営者に話を聞く「みらいの輪」。

第七回は島根県、鳥取県、広島県と山陰・山陽エリアに9店舗、さらに飲食店やフィットネス、ゴルフ用品の販売や太陽光事業など、多角的に経営している株式会社三栄の徳田常務にお話を聞いてみた。

三栄は企業経営のみならず、地域の災害派遣にも力を入れており、山陰の災害ボランティアでも表彰され地域に対する貢献度も高い。

0からたたき上げられたからこそ見える現場の大切さ

DMM:本日はお忙しいところお時間いただきましてありがとうございます。よろしくお願い致します。

徳田常務:こちらこそよろしくお願いします。

DMM:早速ですが、徳田常務のプロフィールをお教えください。

徳田常務:生まれは鳥取県で、大学を卒業後に大阪の研修会社で1年間経営の勉強をしました。その後、知り合いのパチンコ店で3年ほど修行させていただき、26歳で家業の三栄に入社しました。

DMM:大学卒業後に入られた研修会社ではどのような事を学ばれたのですか?

徳田常務:企業の後継者の方々が学ぶ会社で、財務など経営者としての勉強を行う一方、体力を養う為に六甲山に登ったり、論語や心理学を学んだりと心身の鍛錬もしていました。その時、一緒に学んだ仲間とは今でも交流があり、世間話から社内の課題や問題、はたまた家族の悩みなど忌憚なく話し合っています(笑)。

DMM:お知り合いのホールではいちスタッフからスタートされたのですか?

徳田常務:そうですね。現場業務を0から始め、現場を管理するポジションにまで就かせて頂きました。一から十まで、すべて出し惜しみなく教えて頂いて本当に感謝しています。

DMM:やはり現場を学べたのはプラスになりましたか?

徳田常務:非常にプラスとなりました。一度「他人の釜の飯を食べて成長して来い」という父の考えもあり、ある程度現場の専門知識を蓄えてから帰って来いという事で、現場の事を覚えて帰ることができて良かったと思います。

 

DMM:なるほど、他社で0からの修行は充実されていたようですね。その後、三栄にご入社されてから常務になるまではどのように歩まれたのですか?

徳田常務:店舗に入り管理職の仕事を学ぶために現場のサポートを始めました。3カ月ごとに各店舗を異動して店長・マネージャー等、各管理職とコミュニケーションを取っていました。そして、弊社の創業店の「ジャンボパレス東出雲店」で2年間店長を経験した後に、本社配属になりました。その間に、出雲店の立ち上げもあり多くの貴重な体験ができました。

店舗は城、店長は城主。大変だからこそやりがいもある

DMM:ありがとうございます。現場からは大きな経験を得られたのですね。今、常務の立場から振り返ると、特に重要だと考えられるポジションはありますか?

徳田常務:そうですね。もちろんどのポジションも重要ですが、やはり要は店長ですね。各々考え方もあると思いますが、私個人としては店舗を「城」と捉えるなら、店長は「城主」です。その城を強固にするためにはそこで働く人がより働きやすく、働いていて良かったなと思えるようにプロデュースしたり、売上を伸ばしたりとマルチに動かなければならない立場になります。その分大変ですが、やりがいのある仕事だと自分自身の経験上でも思います。

DMM:城の例えは面白いですね。店長はさらに経営者の意図を捉えて店の運営に活かさないといけない。そのことも考えると城主である店長は本当に大切なポジションですね。弊社でも店長同様中堅のリーダーが重要だと強く感じているのですが、貴社でもその組織作りの要として店長や幹部の方へ投資はされているのでしょうか?

徳田常務:私が学んだ経営勉強をする会社に学びに行ったり、外部の講師を招いての勉強会も実施しています。社内では店長会議で各人の悩みや考えの共有をしています。また、体力面の強化を含めて、本社(松江市東出雲町)から出雲大社までを歩くオリエンテーリングでコミュニケーションの強化もおこないました。

DMM:松江市から出雲大社までですか?

左上から引佐の浜、拝殿、御本殿、境内の因幡の白兎像

徳田常務:そうです(笑)。行って帰って丸1日がかりです。鳥取県の「大山(だいせん)」登山もやりました。前任の常務が心身を養ってコミュニケーションを取ることが好きで、恒例行事として実施していました。

DMM:コミュニケーションもうそうですが、苦労して成し遂げた思い出は一生の絆になりますね。 

徳田常務:そうですね。コミュニケーションから始まり、色々なことに派生していきました。オリエンテーリングや登山後は翌日の営業が大変でした(笑)。一緒に苦労を乗り超えた仲間たちや、それを知っている先輩方は強い絆で結ばれているのだな、というのは私も体験しているので身をもって感じています。

2度の失敗、3度目で軌道に乗ったパチンコ事業

DMM:ありがとうございます。コロナ禍でコミュニケーションも希薄になりつつあるので、また違う形で実現できると良いですね。続いて貴社の沿革について詳しく教えて下さい。

徳田常務:はい。元々は祖父が色々な仕事をしていて、パチンコ業と出会ったのが始まりです。鳥取県でパチンコ店を見よう見まねで始めたのですが、ノウハウもなく間もなく潰してしまったそうです。その後、諦めずに2店舗目を経営したのですが、今度は競合店に負けてしまい潰してしまったそうです。そこからはしばらくパチンコから離れていたようです。その後に松江市で焼肉屋に転向したところ、その店が軌道に乗ったそうです。子供たち(現社長)も独立して仕事をしていたそうですが、再びパチンコ経営を行いたいと呼び戻したのが現三栄の基礎です。そして、ジャンボパレス東出雲店から徐々に島根県、鳥取県、広島県と店舗を広げていくことができました。

本社の至近にある創業店舗ジャンボパレス東出雲店

DMM:在の会社組織になるまで、紆余曲折あったのですね。諦めずに不屈の精神で継続されたのは素晴らしいです。その創業された祖父の想いがある会社に徳田常務が入社されたのですから、喜んでおられると思います。ご入社されて徳田常務が苦労されたことや忘れられないエピソードもあったと思うのですが、教えていただけますか?

徳田常務:そうですね、パチンコ業とアミューズメントとしてのジレンマです。もっとお客様に楽しんでもらいたいと思っても規制や法令順守がありますので、そこを逸脱できないという事実に悩みました。その点を突き詰めて考えると今、パチンコ業=アミューズメントとして本質で楽しめるカルチャーをお客様に届けられているのか?と思い詰めてしまいました。また、これは今もですが、新卒採用ですね。説明会など担当者と一緒に私も会社のことを学生さんにアピールしていますが、なかなか実を結ばず苦労しています。しっかり説明やアピールし、学生さんのリアクションも良く、一緒に働きたいと思い内定を出します。が、辞退の報告を受けると、とても落ち込んでしまいます。私自身の人間性や会社の魅力等、まだまだ足りないことは理解していますが、落ち込みますね。ただ、このことが自身の成長と、会社をさらに良くしていこうという原動力にもつながっています。


DMM:なるほど、法令順守に関してはマストですが、異業種で許される事まで規制でがんじがらめにされることは悩ましいですね。また、新卒採用も人口減少が始まっている国内においては、さらに厳しくなってくることが予測されますね。人間関係も組織人である以上、立場や様々な局面毎の対応というのは難しくなりますし、誰もがぶつかる壁だと思います。貴社が「コミュニケーション型ホール」として、店舗での交流・コミュニケーションに力を入れられているのも、そのご経験からですか?

徳田常務:それも含めて広義で力を入れる理由のひとつです。元々「コミュニティ型ホール」の考え方はお客様とのリレーションから始まりました。店員とお客様という関係で勝ち負け以外での充実感、コミュニケーションを取っていきたいと。地元の生活に違和感なく溶け込めるパチンコ店を目指すというところで、通常のサービス・接客よりひとつ上の交流・コミュニケーションをしようという考えで活動しています。

DMM:スタッフ間でお客様との会話や意見等も共有していくという事ですか?

徳田常務:そうですね、朝礼や終礼、ノートでの申し送りで情報共有をしています。また、社内でのコミュニケーション活性ツールとして「サンクスギフト」というアプリも活用しています。こちらでも「お客様からこのように言われました」やお客様の誕生日を共有して「おめでとうございます」とメッセージカードをお渡しするなど、お客様とスタッフとの接客を超えたコミュニケーションを目指し、楽しく取り組んでいます。さらに、サンクスギフトではスタッフ同士の誕生日には「おめでとう」のメッセージ、感謝の気持ちを込めた「ありがとうコイン」の進呈や、社会貢献活動の共有などで活用しています。最近見た映画や地域の美味しいお店などの情報もあり参考にしています(笑)。

DMM:面白いですね。アナログ的に言えば公民館や井戸端会議のようなイメージですね。

徳田常務:そこが理想ですね。年配者の比率が多いので、そこにフォーカスしたというのもあります。そのように身近に寄り合えるパチンコ店として使ってもらえるのが理想だと思っています。

勝ち負け以上の価値を作る。それがアミューズメントの本質、顧客満足!

DMM:そうなると地場に根付いた企業という事を非常に大事にされているのですね。その文化を醸成するための貴社の理念や取り組み、強みはどのような事なのですか?

徳田常務:弊社の企業理念が「お客様の満足と働く仲間の笑顔のために」ですが、先ほどお話させていただいた「勝ち、負け」の満足ではなく、時間としての満足ですね。今日1日パチンコ店にきて楽しかったな、という体感をスタッフのコミュニケーションや景品、店自体に来ていただいた事を含めて満足して欲しいと考えています。「働く仲間の笑顔のために」については、始めは「社員の笑顔ために」という形容でしたが、経営者から見ると社員・従業員と縦軸での見方に偏ってしまいます。そこは一緒に働く仲間という横軸で見たいという想いで変更した経緯があります。「みんなで楽しく働いて生活を充実させよう」という意味合いを含めています。取り組みとしては先ほどのサンクスギフトでの情報共有や店舗の交流会を通して絆を深められたり、一人ひとりが仕事へのやりがい、気づきを見つけられるような研修を行えるように社員教育をしています。

DMM:従業員というより、仲間という意識だと信頼や絆もより深まりそうですね。やはり人の絆という観点で、会社での社会福祉活動にもつながるのですね。平成25年に「島根県西部豪雨災害支援」事業で市長から感謝状を贈られていらっしゃいますが、現在の「三栄ジャンボグループ社会貢献福祉基金」やごみ拾いなどのボランティア活動についても教えて下さい。

 

復興ボランティアで感謝状を贈られたことを伝える記事

 

徳田常務:はい、これらは現在も続けています。直近では、日本赤十字社経由で義援金を送る活動も継続しています。店舗近隣の児童養護福祉施設への端玉景品の寄付も継続しています。今はコロナ禍で控えていますが、以前は「敬老パチンコ大会」として、老人ホームにご入所されている方々にも楽しんでいただこうと、近隣店舗の店休日にパチンコを堪能していただく取り組みも行っていました。

敬老パチンコ大会の様子 三栄提供

 

DMM:今も連綿と活動されているのですね。コロナ禍が早く収束してくれると老人ホームの利用者もまた楽しめますね。
ところで、まだコロナ禍の最中の2022年に松江駅前に「焼肉酒場れもん」や松江初のAI搭載マシンを導入した24時間営業のフィットネスジムをオープンされていますが、この年に異業種に参入し攻めに転じられた大きなきっかけはあったのですか?

 

松江駅の焼肉酒場れもん。国産のレモンをふんだんに使ったレモンサワーや拘りの食材を使用。焼き肉店を経営していたノウハウもあり、平日でも賑わいを見せている

最新のバイオサーキットマシンを取りそろえたフィットネスジム。アフターコロナの体力づくりにはうってつけだ

飲食から農業まで。幅広いジャンルに挑戦する不屈の精神!

徳田常務:実は時期を同じくして、その他に回転寿司店や農業にも参入しているのです。こちらはホームページをリニューアルして今後記載予定なのですが(笑)。

 

DMM:それは存じませんでした。幅広く新規事業を始められたのですね。驚きました。

回転ずし「大漁丸」は、境港駅構内にある。三栄提供

徳田常務:きっかけはそろそろアフターコロナ戦略の事も考えようと思っていて矢先にM&Aのお話があった事です。コロナ禍真っ只中でしたので、すぐに集客は見込めないという覚悟の中でスタートしました。飲食もフィットネスもコロナ禍でだいぶ痛手を負った業種ですが、コロナ禍がなければまだまだ伸びていく産業だと思っておりますし、もともと参加したいとは考えていました。多角経営を考えている中でお話をいただき、渡りに船というタイミングもありました。根底として、弊社のビジョンに100年企業という考えがあります。人をはじめ、生き物はいつか死んでしまいますが、会社や考え方、思想は何百年経っても色褪せず残っていきます。私も後継者として祖父や父、叔父の考えや生き方、思想を受け継ぎ、次世代につないでいきます。同じように働いてくれている社員さん達も、自分たちの子供に働いて欲しいと思える会社にしたいと思っています。その時にパチンコ以外でも飲食やフィットネス等、業種も多ければ色々な人が入ってきやすいですし、繋がって長く続けられると思います。結果、その場所を提供する会社も長く永続的に続けていけるのが多角化・多様化の狙いです。これからもチャンスがあれば色々な事業にチャレンジしていく事は考えています。

鳥取県内にある白髪ねぎ畑。JAに納品しているが、規格外品は自社の焼肉店などでも使用している 三栄提供

DMM:ありがとうございます。すでにゴルフパートナーやソーラー事業なども運営されていらっしゃいますし、ますます広い事業になりそうですね。さらに多角化される事もお考えの中で今後の貴社の目標についてお聞かせください。

徳田常務:まずはパチンコの既存店舗をリニューアルし底上げしつつ、新規出店も視野に入れていく予定です。業界的には「スマスロ」が出てきているので、それを好機として捉えていき、健全な財務体質で事業を継続していきます。基盤を盤石にしながら新規事業に関しても、新しい人材を入れて前向きに色々な事に挑戦していきたいです。世界的な情勢不安はまだ続いているので、具体的な中長期の予定というのは立てられない面もありますが、適宜最適な経営判断をもって行動したいと考えています。

      

DMM:最後に業界についての想いについて徳田常務のご意見をお聞かせください。

徳田常務:若年層の遊技参加率が低いのがとても懸念点です。業界全体として、パチンコ・パチスロは楽しいよね、と思ってもらえるようにしていければと考えています。人生の中でパチンコ・パチスロが身近な娯楽で当たり前のように存在するポジションになれるように、私たちが取り組んでいきたいと思います。

DMM:ありがとうございます。

編集後記

創業時に2度失敗し、3度目のチャレンジが実を結ぶ。

出雲ならではの「むすび」や「えにし」があるのだろうか。

諦めないフロンティア精神も連綿と受け継がれ「想い」を結んでいることがハッキリとわかる。

 

島根県は「たたら製鉄」でも有名で、今も日本刀の原料となる玉鋼を産出している。

叩かれて鍛え抜かれる精神もまた、人と刀剣に結び付くのかもしれない。

 

徳田常務は屈託のない笑いで和ませてくれるが、創業者や現社長、専務、そして自らも0から道を切り開いき開墾したという自負が心の余裕に繋がっているのかもしれない。

ホール企業に関わらず、多角化・多様性はこれからさらに重要になるだろう。

アフターコロナとなりつつある昨今、これからの三栄の躍進に期待したい。

 

 

 

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