昔のように勝てない!面白くない!
レジャーの多様化とともにパチンコ・パチスロ離れもめまぐるしい。
とかく、依存問題や子供の放置事件などマイナスのイメージを植え付けられているパチンコ業界。
半世紀以上続き就労人口も20万人超という規模だが、世間の風当たりは強い。
様々な要因で店舗数もどんどん減少しており、逆風の只中にいる。
そんな苦境だらけの時代に突き進むパチンコホール経営者の生きざま、考え方について深堀していく。
更新日: 2026/04/27
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第二十一回 |
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大衆娯楽のパチンコ業界。その文化を未来へ紡ぐため、2020年10月に2つの業界団体が合併し成立したMIRAI(一般社団法人MIRAIパチンコ産業連盟)。
本企画はそのMIRAIで活躍する各企業のキーマンにフォーカス。パチンコホールの経営者の生い立ちや普段聞けない生の声を独占インタビューする。

| 城山 珂奈見(しろやま かなみ)社長 |
ミカド観光株式会社 |
パチンコ業界の経営者に話を聞く「みらいの輪」。
第22回は、ぱちんこ発祥の愛知県名古屋市で、創業60年(株式会社改組から53年)の老舗で、社長自らSNSで様々な情報を発信し、新規事業へも意欲的にチャレンジする柔軟で新しい風を取り入れる企業風土の城山社長にインタビュー。

DMM:本日はお忙しい中、ありがとうございます。それではよろしくお願いします。
城山社長:よろしくお願いします。
DMM:それでは、さっそくですが、城山社長の子供の頃の夢や、どのような子供だったか教えていただけますか?
城山社長:はい、私は一人娘で、先代が私の父親になります。子供の頃はちょうどこの事務所の上に住んでいて、小さい頃から父親がパチンコホールを経営していく姿を見て育ちました。先々代が祖母なのですが、この2人の働く姿を見ながら育ってきて、すごくかっこいいなと思っていましたので、小さい頃から「私が跡を継ぎたい」と言っていましたね。 事務所の上に住んでいたこともあって、社員さんとも小さい頃から関わりがあり、新年会などは毎年うちで皆さんとお食事をしていました。そんな環境に愛着というか、これを私が繋いでいきたいという思いがありました。
DMM:創業者はお父様ですか、ご祖母様ですか?
城山社長:祖父が創業ではあるのですが、早くに亡くなってしまって、そのまま事業を祖母が引き継ぎ、その後に父が継ぎました。ですので、私が何代目かと言われると2.5代目なのかなって感じです。
DMM:お父様とお祖母様の働く姿がかっこよかったとのことですが、特に印象的だったことはありますか?
城山社長:子どもの頃から会社の新年会にも毎年出させてもらっていて、祖母や父が社員の皆さんの前で話をしている姿や、新店オープンの時は必ず初日に連れて行ってもらっていたので、そういう姿を見ていました。 古くから勤めてくれている社員さんからは、仕事に対して祖母がとても厳しかった事を聞いたり、仕事場での祖母の凛としたところがかっこいいなと感じていました。
DMM:城山社長へのお祖母様はしつけや接し方など、どのような感じでしたか? 仕事以外では優しかったですか?
城山社長:私が物心つく頃には祖母も結構丸くなってはいたのですけれど、それでもしつけや礼儀には厳しい人でしたね。
DMM:中高生時代に部活などで熱中したことはありましたか?
城山社長:クラシックバレエを3歳からはじめて、大好きでほとんど毎日スタジオに行っていました。大学生くらいまで20年ほど続けていましたね。
DMM:それはすごいですね。今はお子さんも習い事はされているのですか?
城山社長:末の娘がクラシックバレエに通っています。

子育てもタスクと捉えてマネジメント
DMM:プロフィールを拝見させていただいたのですが、今は5人のお子さんがいらっしゃって、大家族でいらっしゃいますね。
城山社長:大変です(笑)。

DMM:子育てをしながら社長業を続ける秘訣を教えて下さい。
城山社長:今も葛藤しながらではありますが、両親と2世帯で同居しているので、だいぶ助けてもらっている部分はあります。最初は「どうやって時間を捻出するか」と悩んでいたのですけれど、子育ても1つのプロジェクトだと思うようにして。全部自分がやろうとすると時間も足りないし仕事もできなくなるので、全体を統括して采配するプロジェクトマネージャーみたいな役割だと割り切ってからは、気持ちも時間的にも楽になりました。私自身は家族の助けもありましたが、誰もが同じ環境ではありません。今後はこの経験を活かし、個人の環境に頼らずとも男女問わずキャリアを継続できる『仕組み』を社内で作っていきたいと考えています。
DMM:合理的なお考えで、なるほどと感服いたしました。ありがとうございます。続いてですが、大学を卒業されて、その後はIT企業に入社されたのですか?
城山社長:はい。当時流行っていたIT系のベンチャー企業に入って、営業職で3年くらい働いていました。
DMM:営業職はご自身の希望だったのですか?
城山社長:はい、営業職希望でした。元々会社を継ぎたいと父には話していたのですが、父からは「将来会社を継ぎたいなら、1度外の企業を経験した方がいい」と言われていて。自分自身も何が通用するか試してみたい気持ちがあって就職活動をしました。3年くらいで戻りたいと思っていたので、大きい会社に入ると研修で終わっちゃうかなと思い、新卒から実務を実践させてくれるベンチャー企業を選びました。 その会社は「見て知識やスキルを盗め、実行して転びながら学べ」という部活のような文化でした。また、社長との距離も近くエネルギッシュで前のめりな会社でしたので、とても勉強になりました。
DMM:そうなのですね。その中ですぐに業務の実践に入られて、さらに社長との距離が近いとなるとプレッシャーも大きかったと思いますが、特に大変だった事はありますか?
城山社長:営業だったので、素直に売れない時が大変でした。今は皆さん普通にSNSを使っていますが、当時はまだmixiなどが流行り始めたくらいの時期でしたので、その中でITサービスを売らなきゃいけないという。物を売るって難しいのだな、お金を稼ぐって大変なのだなっていうベーシックな部分を、苦労して試行錯誤できたのは良かったです。

DMM:なるほど、昔はスマートフォンもなければインターネットもパソコンも黎明期でしたから共感できます。そのIT企業を3年くらいで退社されたのには、何かきっかけがあったのですか?
結婚・退職・帰郷。人生の転機でも新規事業にチャレンジ!

城山社長:自分が25歳くらいで結婚したいなって思っていたので、結婚を機に退職しました。
DMM:そうだったのですね。その後、ご結婚と退職をされてそのまますぐに家業のミカド観光に戻られたのですか?
城山社長:いえ、名古屋に戻ってきましたが、すぐに妊娠したので、会社に入るというよりは、少し事務所に顔を出す程度でした。そこから10年ほどは、出産・育休を繰り返していたため、現場からは離れつつ、自宅から数値管理や経営判断の一部に関わる形で、家業にも携わっていました。
DMM:では、家業のミカド観光に戻るタイミングは、35歳頃だったのでしょうか?
城山社長:そうですね。そうした形で家業に関わる一方で、自分自身の力でもゼロから何かを形にしたいという思いがありました。子どものころから続けていたクラシックバレエの経験もあったので、フィットネス系の事業を立ち上げ、教室やアカデミーを作る経験をしました。その後、5人目の子どもが生まれたタイミングで「ミカド観光の世代交代をそろそろしようか」という話になり、ミカド観光へより多くの時間を割く必要があったため、フィットネスのアカデミーはクローズし、そこから本格的にミカド観光に戻ってきたという流れです。
DMM:本格的に戻られて、最初はどのようなポジションから始められたのですか?
城山社長:ポジションがなかったので、謎の「秘書役」というポジションを新しく作ってもらい、現会長の秘書として意思決定する場面を見ながら学びました。ただ期間は短くて1年ほどで、そこから代表としてやらせていただいています。本格的に戻ってきてからは今で5年くらいですね。

相手を否定し切り捨てるのではなく、リスペクトし共に歩む姿勢
DMM:実際家業に就かれて、最初に戸惑った事や、苦労された事はどのようなことですか?
城山社長:大変というわけではないですが、意識して気を付けていたことはあります。当時、会社をしっかり守って動かしてくれていた人たちは会長についてきてくれた人たちなので、その人たちと一緒にやっていく必要があるじゃないですか。 私が外で色々なことを経験してきて、「新しいアイデアを社内に取り込めばよくなると思う」と提案したとしても、人間関係ができていない、お互いに認め合っていない状況ですと、「新しいものを持ってきたけど、よくわからない!」と進展が難しくなってしまいます。まずは今まで会社を守ってきてくれた人たちをリスペクトして、なぜそのやり方をしているのかコミュニケーションをちゃんと取りながら理解し合い、合意を取ってから進めるというステップを丁寧に踏むことは気を付けてやってきました。 本業をベースとして大切にしたいという気持ちは同じで変わりませんが、本業を継続していくには少しずつ進化していかないといけないので、「一緒に新しい事をやっていきましょう」というスタンスは大事にしてきました。

DMM:その進め方には、城山社長ならではの優しさを感じますね。リーダーによっては、「こうしたい!」という強い我が出てしまう方もいらっしゃいますが、対照的に対話をして、心をつかんでから引っ張っていくということですね。素晴らしいと思います。
城山社長:それぞれリーダーシップの形はあると思いますが、私は今いる人たち皆を大切にしていきたいという気持ちが大きいです。リーダーシップの取り方によって、文化が変わっていくと排除される人が出てくると思います。それが必ずしも悪い事だとは思いませんが、今までやってきてくれた人たちを尊重し、大切にしたいと思います。そして新しく入ってくる人たちにとっても良い環境を作り、両方を大事にしていきたいと考えています。
DMM:どちらかにシフトして取捨選択するというリーダーもいますが、両方を共生していく難しさも倍であると同時に、やりがいや得るものも大きそうですね。続いてのご質問ですが、貴社の沿革について教えて下さい。
城山社長:元々は1964年の創業で、株式会社に改組したのが1973年になります。一番最初はパチンコ店ではなく麻雀店の経営で、その後にパチンコ店の経営も行い始め、店舗を増やしていきました。

DMM:それはご祖父様が創業され、どちらに店舗を構えられたのですか?
城山社長:一宮市の尾西に「ミカド尾西会館」を出したのが1号店です。
社内研修から生まれた新しいビジネス
DMM:創業されてから60年以上の歴史があるのですね。その看板を守っていくことも大変だと思います。入社されてから印象に残るエピソードがあればお聞かせください。
城山社長:私が入社した時、当時は、会社を存続させるための強固な基盤作りとして、数値管理を徹底する文化が中心でした。それはプロフェッショナルとして素晴らしい強みでしたが、一方で数値評価に重きを置きすぎてしまうと、組織の可能性を広げきれない部分もあるのではと考えていました。 その後、私が代表として就任してやらなければならない事について自問自答した時に、会社の方向性・方針・価値観を伝え浸透させていくことが必要だと考えるようになりました。先代は「誠実」というキーワードを大事にしていて、自分自身に対しても、お客様や一緒に働く仲間に対しても「誠実」であろうという価値観を大切にしていました。数字も大事ですが、もし間違った事をしてしまっても間違いを素直に認めて、そこからまた努力を積み上げて行く「誠実さ」という姿勢を一番大事にしたいと発信し続けてきたと私は思っています。 そして昨年の経営報告会で、幹部の一人が売り上げ数字の報告を滔々(とうとう)とした後に、「……とは言え、これを実現させるために誠実さがなければいけません」と言い出したときには、私の想いが浸透したという実感が湧き、非常に嬉しかったことを覚えています。 そしてここ2年ほどですが、新しい事業を始めたいという考えと、これまでの強みであった数値管理を活かしつつ、個々の特性をより引き出す組織へと進化させるため、『エマジェネティクス』という研修を取り入れました。これは脳科学の知見をもとに、一人ひとりの『考え方の癖』や『得意な行動』を客観的に見える化し、お互いの理解を深めるためのツールです。これを用いて自分と他人は思考の癖が違うということがわかり、コミュニケーションミスが減少します。 先述のように幹部は効率や数字を重要視しているので、部下から報告を受けたときに「それは何で?」「これは何で?」「何でそう思ったの?」と口癖のように問うのですが、部下からすると詰められているように感じ、委縮してしまう事がありました。この研修を取り入れて結果を見てみると、「この人は何か物事を考えるときに、理由や無駄がなく効率よくできているかを優先順位として高く考えるタイプの人なんだな」とわかります。すると、「何で?」と聞かれた時も「この人は本当に理由が知りたいのだな」と理解できるようになります。本当に小さいことなのですが、相互理解が深まっていくことで、コミュニケーションエラーが減っていきます。 先ほどの「誠実さが大事」という話と繋がるのですが、研修を取り入れ、みんながそれぞれ考え方も特性も違うと理解し、その中でそれぞれの強みを生かして組織としてうまく回していくことで結果が出るのだぞ、ということがみんなの中で浸透してきていることが良かったと感じています。

DMM:とても良いお話ですね。ベテランになるほど自分の考え方を変えるのは難しいと思いますが、幹部の方が他の考え方も取り入れてくれて変わったというのは、想いが伝わった結果ですね。 改めて誠実さや相手へのリスペクト、コミュニケーションの大切さが身につまされます。続いて、今、貴社はパチンコ業界にメインのウェイトを置いていらっしゃると思いますが、今後どういった業種にチャレンジしていくなどの展望はありますか?
城山社長:メインがパチンコホールというのは引き続き主たる事業だと考えています。ただ、現状維持は緩やかな衰退だと思っているので、しっかり守りつつも、大きなリスクを取りすぎない範囲でどんどん新しいことにはチャレンジしたいなと思います。その他の事業としては、24時間ジムを始めました。トレーニングが趣味で知識の深い幹部もおり、私も女性専用のフィットネスを立ち上げた経験がありますのでチャレンジしました。また、先ほどお話させていただいたエマジェネティクスも、自社で研修として取り入れたのですが、実際進めていくとこのコンテンツがとても良いなと感じて、新しい事業として研修を販売するフランチャイズも立ち上げています。これからも、できること・活かせることには柔軟にチャレンジしていきたいと考えています。
DMM:24時間フィットネスクラブやスポーツジムの運営をされているホール企業さんは存じていますが、エマジェネティクスという教育分野を手掛けるホール企業さんは初めて聞きました。「現状維持は緩やかな衰退だ」というワードや、できることに色々とチャレンジしていく姿勢は、やはりIT企業ご出身だからなのかなと感じました。
城山社長:そうですね。やっぱり「新規事業やるよ」ってなった時に、誰がやるのってなったら社内のメンバーです。この業界にいる人は、最近変わってきたなとは思いますが、ずっとこの業界にいる人たちが多くて。いきなり新しいものを持ってきて、私が号令かけて「やるよ、やって!」と言っても、土地勘がないというか、手触り感がなくて訳がわからなくなってしまいます。 新しい事をやりたいのですが、中のメンバーもちゃんとモチベーションを持ってできることでやらないといけないし、準備をちゃんとしてからスタートしないといけないなと思っています。新規事業をやりたいとは思いつつも、そこは気をつけないといけないなと思っているところですね。

DMM:今後のパチンコ業界での貴社の目標についてお聞かせください。
城山社長:弊社の店舗は郊外型の中・小型店を得意としています。その強みを生かして、地域に根差した地元で愛されるお店を目指していくべきだろうと思います。そこを大切にして、店舗数を増やしていければと考えています。
DMM:ありがとうございます。その為に取り組んでいる事などはあるのでしょうか?
城山社長:先代の人柄もあり、社内は誠実な社員ばかりなので、会社としても誰も取りこぼしのないようなスタイルを継続していく予定です。と同時に、誰も取りこぼさないということは、中で働く人たちがそれぞれ自分の仕事に誇りを持ち、居心地よく安心して働き続けられる環境を用意していかないといけないと考えています。会社としても、社内で働く人も進化していかないといけません。 チャレンジしたい人がチャレンジできるシステムや環境を作りたいと思っています。その一つが、新規事業を立ち上げてチャレンジしたい人がチャレンジできる環境づくりです。また、社内のキャリアアップ制度として「チャレンジ店長制度」というものがあります。現時点で店長職ではなくても「ヤル気はある、もっと上を目指したい」という人が試しに店長を体験してみるシステムです。完全には任されないのですが、ある程度の裁量は持ってもらい、その期間中に「任せても大丈夫」という判断が下されたらそのまま店長に昇格するという制度も取り入れています。実際にこの制度を利用して、期間後に店長へと昇格し、現在活躍しているメンバーも多数います。社員それぞれのモチベーションは違うと思いますが、上を目指したいという人にはきちんと目指せる環境を引き続き作り続けていきたいと思います。
DMM:ユニークな制度ですね。弊社も含め、業界を永続的に発展させるお考えなのだと思います。
城山社長:ぱちんこ業界は今、大きな変革期にあります。市場が成熟しているからこそ、これまでの常識に囚われないIT化や多角化の余白がどこよりも大きい。私たちはそこを『攻めのフィールド』と捉えています。そうした変化を、社会や地域にとってもプラスになる形で進めていきたいと考えています。昔に比べて業界のイメージはだいぶ変わってきているとは思いますが、まだまだ理解されない部分が多い業界だなと思っています。 だからこそ、私の世代でクリーンに誠実に会社経営をしていること、現場のスタッフが心を込めて誠実に接客したり地域と良い関係を築いていくという姿勢を対外的にもアピールしていき、業界への理解を深めてもらえるように動かないといけないなというのが、私の使命だと思っています。

DMM:ありがとうございます。現場の隅々まで気遣い心遣いをされているのですね。社員のモチベーションも高水準で維持され、業界のイメージ刷新の旗手としてのご活躍に期待します!
編集後記
多くのチェーン店舗でも、店長や代表が変わると店舗・社内の派閥やTOPとの摩擦で人財の流出が発生したり、あるいはリーダー側でも新体制で人財の切り捨て等が起ことが多い。
そんな中、今まで支えてきた社員への理解、リスペクトで共に新しいチャレンジに挑み、チャンスをクリエイトしていく。相互理解で、コミュニケーションエラーを回避することは、企業存続にも影響するような取り返しのつかないヒューマンエラーも未然に回避できる。
何より社内教育も自社で良いと思ったら、とことん研究しその「良いもの」を販売し糧にする。
ぱちんこ業界も健全で豊かな余暇を過ごせる「売り手よし・買い手よし・世間よし」のビジネスになれるよう、人財の育成・基盤の醸成が今後は必要になるかもしれない。

























